03.帰ってきた幼馴染み





入学式も滞りなく進み、高校生活初日は無事に終わった。
だらだらと帰り支度をしながら、別クラスになったいのとチョウジが来るのを待つ。
帰りは迎えに行くからね、って言ってたから、多分ホームルームが終わったらこっちの教室へ来るだろう。
それまではサクラとシカマルとナルトの四人で、教室で時間を潰すことにした。
因みにナルトとは、サクラ達と同じく小学校から一緒の幼馴染みで、私のいとこである。




「ねえ、お昼どっか食べに行かない?」
「俺ラーメンがいいってばよ!」
「えー、私ハンバーガー食べたい」
「つーか、お前ら寮の時間大丈夫なのかよ?」
「平気平気、まだ二時間以上あるし。ねー、ナルト?」
「おう!全然ヨユーだってばよ!」


シカマルの問い掛けに、ナルトと二人して時計を確認する。
木ノ葉学園寮の寮生である私とナルトは、今日付けで中等部の寮から高等部の寮に移ることになっている。
今日はその引っ越し作業のため二時に寮のエントランス集合だから、お昼を食べに行く時間はまだ充分ある。
そのままランチ会議を継続していると、ふと、サクラが声をあげた。



「……えっ…!?」
「あ?」
「なあに、サクラ?」
「どしたってばよ?」



急にぴたりと動かなくなったサクラに、ナルトとシカマルと顔を見合わせる。
そして彼女の視線の先へ振り向くと、私達も同じく言葉を失った。

サクラが真っ直ぐ見ている先、教室の外の廊下。
そこにいたのは、何年も会っていないけれど、大人っぽく成長しているけれど……それは紛れもなく、よく見知った幼馴染みの顔だった。









「サスケ…?」
「…!!」



驚きにフリーズしていた唇を震わせて名前を呼べば、彼は弾かれたように顔を上げた。
あ、やっぱりサスケだ、と思ったと同時に、サスケは此方へ足を踏み出す。


「ナマエ!」
「ほ、ほんとにサスケだ、久しぶ…」








ぎゅっ……







「…へ…、」
「なっ!?」
「おま…!」



ふわり。サスケは一直線に私へと駆け寄って、そのまま私を抱き締めた。
ぎゅう、と掻き寄せるように抱き込まれた私は、数秒呆けたのち、顔に触れた真新しいブレザーの匂いでやっとその事に気付く。
まだ教室に僅かに残っていたクラスメイト達は皆、その光景に目を丸くして絶句していた。



「ナマエ、会いたかった……」
「ちょっ、さ、サスケ…?」


切なげな声が、頭の上から溢れる。
場がしんとしている分、それは余計に大きく耳に響いた。
どく、どく、耳に触れたサスケの胸から、心臓の音まで聞こえた気がした。









「……っきゃー!やだナマエ羨ましーい!!」
「な…っ!ななな何してるんだってばよ!?」
「っお前、いくら久し振りだからって、ベタベタしすぎだっつーの!」
「チッ…邪魔するな、ウスラトンカチ共」



突如サクラが黄色い声を上げると、それを合図にしたようにナルトとシカマルが飛んできて、べりっと後ろから引き剥がされる。
無理矢理私と離されたサスケは、それはもう目に見えて不機嫌になった。
そういえば…サスケって、昔から何かとよく抱き付いてきたっけ。
イタチ兄に構って貰えなかった時とか、テストの点が悪かった時とか、ナルトと喧嘩した後だとか。
当時はまだ子供だったし、甘えん坊だなあと思ってされるままにしていたけれど(甘えられるのもそれほど嫌じゃなかったし)、まさか高校生になっても抱き付かれるとは。



「サスケったら、まだ甘えた直ってないの?」
「別に…オレは甘えたじゃない」
「でも、すぐ抱き付く癖、変わってないじゃん」
「これはナマエにだけだ」
「ダウト。イタチ兄にもするでしょ」
「…………」
「ふふ。ところで、いつ帰ってきたの?確か海外留学してたんだよね?」
「…留学は中学の三年間だけだ。四月頭には帰ってきてたんだが、忙しくて連絡できなかった」


ナマエに真っ先に会いに行きたかったのに、と僅かに口を尖らせて拗ねるサスケは、三年前から変わっていない。
さっきみたいに、何かあればすぐ抱き付くところも、クールな癖に案外子供っぽいところも、昔と同じ。
……けれど、見た目は昔と随分変わったなあ。




「なんかさ、サスケ、かっこよくなったね」
「え…」
「背も伸びたし、顔立ちも大人っぽくなって…あ、ちょっと筋肉もついた?」
「……!」
「三年前と比べて、かっこよくなったよ。ねえ、サクラ?」


サスケの腕や肩をぺちぺち触りながら、隣に居るサクラに振り向く。
案の定そこから一歩も動いていないサクラは、私の返答に思い切り頷いた。
あーあー、赤い顔してニヤニヤしちゃって。なんて嬉しそうなの。
ていうか、いつの間に来たのか、その後ろでいのが携帯構えてすごいパシャパシャしてるんだけど。
何あれ、サスケを撮ってるの?
めっちゃ連写してる。めっちゃ気になる。
そんないのにも同じく訊いてみたけど、聞いてないのか聞こえてないのか無視された。解せぬ。

……まあでも、仕方ないか。
二人はサスケ大好きだもんね。
三年ぶりのサスケだもんね。
それにしても、ちょっと昂りすぎだと思うけどね。
…まあ、思うけど、可愛いからよし。
存分に乙女モードを発揮するがいいさ!




「ほらね、サクラもいのもあんなになって……って、サスケ?」


二人からサスケへと視線を戻してみると、サスケは顔を逸らして、片手で口許を覆っていた。
その手の下には、サクラ達に負けないほど赤くなったサスケの顔。
何故か目がすごい泳いでる。いったい何があった。



「サスケ?なに、どしたの?」
「……っ、」


顔を正面から覗き込んでみると、サスケは更に動揺した素振りを見せて、また私を抱き締めた。


「わっ、何々、どうしたのほんと」
「……っ…!」


さっきよりも強く抱き付かれて、少し苦しい。
どうしよう、と戸惑って周りを見れば、右には、なんか二人して怖い顔したナルトやシカマル。
左には、なんか二人して携帯のカメラを連写しているサクラといのが見えた。
…右も気になるけど、左の方がもっと気になる。なんだあれ。



「……えーと。私、どうすれば…」
「おい、サスケェ……なんでまたそうなるんだってばよ?」
「いい加減離れろよ…ナマエが嫌がってんだろ」
「あ?外野は黙ってろ、ウスラトンカチ共」
「えっ、ちょっとちょっと、なんで喧嘩腰なのあんた達」
「ふざけんなってばよ、サス「ちょっとナルト邪魔!」
「ぎゃっ!?」


突如ナルトが吹っ飛んでったと思ったら、その場所に瞬時にサクラが陣取った。
相変わらず手にはシャッター音の止まない携帯電話。
レンズは勿論サスケを捉えているに違いない。
その後ろにいたシカマルはそれを見て、めんどくせぇ、と一言溢すと、さっさと教室を出ていってしまった。
あれ、なんだか逃げ道を絶たれた気がするのは気のせい?



「ちょっとサクラ、何して…」
「ナマエ、もっと!もっとサスケくんを褒めて!」
「へ?」


突然のサクラからの指令。
サスケを褒めろ。
なんでだ。



「あの…ちょっと意味が分からない」
「いいから、褒めて褒めて褒め倒すのよ!」
「…いのまで…」
反対側のいのからも、同じ要請が飛ぶ。
なんなんだいったい……?
取り敢えず、拘束されたこの状態ではどうしようもないので、言われるままに褒める箇所を探してみた。



「……ええと。サスケ、髪型ちょっと変わったね?」
「!あ、ああ…」
「昔のも良かったけど、今の髪も格好いいね。よく似合ってる」
「…!」


これでいい?と目配せすれば、サクラといのからは案の定、もっとやれとの合図が出された。
ううん……褒めろって言われてもなあ……



「……ええと。そうだ、声、低くなったよね」
「……」
「でも、最後に会ったの小学生だから、まあ当然か」
「……」
「…む、昔は可愛い声してたのにさ。もうすっかり男らしくなったねえ」
「……」
「…えっと、それから…それから……」
「……」


どうしよう、早くもネタ切れ。
大体、三年ぶりに会って、しかも抱き付かれたままろくに顔も見えてないのに、褒めろって難題すぎるでしょ。
しかもほぼ独り言だし。話が広がらない。
これはもう無理だと思って、色んな角度から撮影してるサクラといのに助けを求めてみた。


「サクラ、いの…も、もういい…?」





……………………あ、聞いてないわこいつら。
サスケくんを撮るのに忙しいですか、そうですか。
いいよもう。勝手に終わってやる。



「ね…ねえ、サスケ。そろそろ離して?」
「……嫌、なのか…?」
「え!?や、嫌とか、そういうんじゃ…」



えっ、何、その悲しそうな顔。
何この沸き上がる罪悪感。
あれ、別に私悪くないよね?




「ええと、嫌ではないんだけど…ほら、そろそろ結構苦しいかなって…」
「あっ……悪い、気付かなくて…!」


そう言うと、案外あっさりと離してくれた。良かった。
何故か背後の女子二人からブーイングが飛んで来たけど、やっぱり私悪くないよね?
ていうか、大好きなサスケくんが他の女に抱き付いてるのに、なんで喜ぶの?
恋する乙女ってよく分からない。






「……あ。そういえば」


きょろきょろと教室の中を探すと、隅っこでナルトがサクラに蹴られた脇腹を押さえて倒れているのが見えた。
可哀想に、とんだとばっちりだ。
隣にしゃがみ込んで慰めてやると、ナルトは半分涙目で私に抱き付いた。
……ナルトェ……お前もか……!



「ナマエ!サスケなんかほっといて、さっさと帰るってばよ!」
「え?いや、でも、サクラ達とご飯…」
「おい離れろウスラトンカチ!」


頭上からサスケの声が降ると同時に、今度はナルトが引き剥がされる。
と、同時に、ナルトはサスケに更に突っ掛かりに行き、そのまま口喧嘩が始まってしまった。



「ああもう…落ち着いてよ、二人とも……」
「ったく、全然成長してねーな、あいつら」
「あれっ、シカマル?どこに居たの?」
「めんどくせーからチョウジと一緒に廊下で見てた」
「…へえ、そうなんだ。てっきり困ってる私を見捨てて一人で帰ったのかと思ってた」
「…………悪かったよ…」


ばつ悪そうに目を逸らすシカマルにくすりと笑う。
廊下を見れば、素知らぬ顔でお菓子を食べているチョウジが居た。
一人だけ空腹満たしてないで、助けてくれよチョウジさん。



「ねえねえ、私そろそろお腹空いてきたんだけど」
「そうだなー…もう あいつら放っといて、俺らだけでメシ行くか?」
「…うーん…」

普段ならそれでもいいんだけど(どうせ後から皆追っ掛けて来る)、でも、今日は、ね。
折角久し振りにサスケも居るんだから、皆で一緒に行きたいなあ。
そう言うと、シカマルは眉を下げて、仕方ねーなと優しく笑った。




「おい、お前ら!さっさと支度しねーと、俺がナマエと二人でメシ行っちまうぞ?」
「えっ!?シカマルずりーってばよ!」
「ふざけんなウスラトンカチ!!」

シカマルの呼び掛けに、二人は言い争うのを止めて此方へ飛んできた。
……後ろに怪しい女子二人を引っ提げて。



「サクラ、いの…そろそろ写真撮るのやめない…?」
「ん?ああ、そうね、いい加減容量なくなりそうだわ」
「帰ったらパソコンにデータ移さなきゃね!」
「……」


もう何も言うまい。




「……で?ごはん、どこ行こうか?」
「そりゃラーメンだろ!一楽行くってばよ!」
「あんたは口開くとラーメンラーメンって…それよりも、サスケくぅん!サスケくんは何食べたいー?」
「ちょっと!サスケくんから離れなさいよこのイノブタ!」
「…ウスラトンカチ共が…」
「僕はラーメンより焼肉がいいかなあ」
「何でもいいから、さっさと決めろよ。めんどくせーな…」


ああ、なんかすごく懐かしいな、これ。
小学校の頃もこんな感じだったよなあ。
ラーメン馬鹿なナルトと、サスケを取り合ういのとサクラ、それをあしらうサスケに、食べることしか考えてないチョウジと、何もかも面倒なシカマル。
そしてそれを眺めてたまに諫める私。
……小学校からレベルが変わってないって事か。




「ナマエは俺と二人で行く。てめーらはさっさと帰れ」
「何ふざけた事言ってんだってばよ!?」
「……」

しかも、いつの間にかまた喧嘩してるし。



「ちょっと、二人とも、もうやめなよ…」
「サスケがわりーんだってばよ!」
「そりゃお前だろーが」
「んだとぉ!?」
「こら!やめなさいって言ってるでしょ!」
「!!…う……わ、わかったってばよ…」
「……ふん」


まったくもう、顔を突き合わせたらすぐ噛み付くんだから。
この二人だけは本当にどうしようもないな。
口は閉じたものの未だ睨み合っているナルトとサスケを再度牽制すれば、やっと二人とも互いから顔を逸らした。





「……ふん、まあいい。どうせ、帰る場所は一緒なんだからな」
「へ?」


帰る場所って…?
サスケの言葉に首を傾げると、にこり。いや、にやりといった方が的確だろうか。
そんな笑みを浮かべたサスケが、ぐいと私の肩を抱き寄せた。





「オレも、今日からは寮生活だ」







…………………。



はあああああああ!?

きゃああああああ!!



少しの間を置いて、ナルトとシカマルとチョウジの叫喚と、サクラといのの黄色い声が響く。
そしてまた、乙女の悲鳴をBGMに、たまに手の出る幼稚な舌戦が始まったのだった。

……あれ、私これ、二時までに帰れるのかなー。










帰ってきた幼馴染み


(そういえば二人とも、さっきなんであの状態で写真撮ってたの?)
(だってぇ、ナマエを抱き締めてる時のサスケくん、一番かっこいいんだもん!)
(しかも久々の再会に嬉しそうな照れ顔付き!もーほんとナマエ様々だわー!)
(うわあ、予想以上に利用されてた)